夕食を終えて穏やかな時間の流れるリビング。
バーナビーはソファに座って食器を片付ける恋人を眺めていた。
ご機嫌で鼻歌を歌う姿は何度見ても可愛らしい。
一日の終わりをこうして過ごすことが、バーナビーには最高に幸せだった。
「なぁ、バニーは何をお願いするんだ?」
手を止めた虎徹が顔を上げ、問いかけてくる。
何の話題についてか心当たりがなく、バーナビーは首を傾げた。
「ほら、今夜七夕だろ?短冊に願い事を書いて飾ると、願いが叶うんだぞ。」
「それは初耳です。」
オリエンタルタウンの風習を、虎徹は楽しそうに説明した。
部屋の隅に突然現れた細く頼りない植物の役割には納得はしたものの、
1年に1度の逢瀬に耐えられる彦星は、バーナビーが尊敬するには値しなかったらしい。
初めて耳にするイベントはクリスマスとさほど変わらないように思えた。
「俺の願い事は、『楓にカッコイイって言って貰えるように。』だ!」
目を輝かせた虎徹がリビングに戻ってきて、バーナビーの隣に座る。
テーブルにあった細長い紙へ、彼が口にした言葉が一文字ずつ丁寧に並べられた。
愛娘を思い描いて微笑む姿が少しだけ羨ましい。
「ほら、バニーも何か書けよ。どんなことでもいいからさ。」
突然の話題に願い事など用意しているはずもない。
しばらく考えを巡らせ、バーナビーは渡された紙にペンを走らせた。
誘いに乗ったことが嬉しかったのか、イベント好きな恋人が嬉しそうに覗きこんでくる。
「『虎徹さんが僕無しではいられないような体になりますように。』です。」
ニッコリ笑って読み上げると、虎徹が眉を潜めた。
「は?身体?どういう意味だ?」
「言葉の通りですが?」
「身体だけかよ!」
悪びれることなく返したが、ムッとしてそっぽを向かれてしまった。
「不満ですか?」
「そういうのって、身体だけの関係でいいみたいに聞こえる。」
虎徹は不満たっぷりにソファから立ち上がる。
だが、バーナビーはその手首を引き寄せ、ぎゅっと抱き締めた。
「そんなはずないでしょう?」
耳元で囁かれるのに弱いことなど計算済みだ。
これで可愛い恋人はいつも簡単に大人しくなってくれる。
そして、もうひと押しで完全に落ちる。そんなこともお見通しだった。
「心はもう僕無しじゃいられなくなってるって、自惚れたらいけませんか?」
とっておきの声で静かに問うと、長めの襟足から覗く首筋まで赤くなるのがわかった。
力の抜けた体が体重を預けてくるのを感じる。
「………自惚れていい。」
はい、そうでしょうね。口に出そうになった言葉をそっと抑え、最愛の恋人の頬に口づけた。
「これは捨てるぞ。」
バーナビーの短冊を手に取り、虎徹が言う。
戯れに書いたものでも、そこまで嫌がられているかと思うと残念だった。
「どうしてです?」
抱える虎徹の肩に顎を乗せ、バーナビーは尋ねた。
どうせまた『恥ずかしいだろ!』などとお決まりの文句を言ってくるのだろう。
今日は何と言い伏せようか考えた。
すると、すぐ横で首を捻った虎徹と目が合う。
唇を尖らせて拗ねている顔が、信じられない言葉を発した。
「もう、願いは叶ってるからいらねーのっ!」
「……………は?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
夢でも見ているのかもしれない。
バーナビーは目も口も大きく開け、ハンサムが台無しなほど間抜けた顔で虎徹を見た。
「だから…、お前のこの願いはもう叶ってるって言ってんの!」
どうやらこれは夢ではないらしい。
恋人の発言はようやく理解できたが、そこには驚きしか生まれなかった。
「えぇっ!?だって虎徹さん、いつもあんなに嫌がって…。」
「どこでもホイホイやるのが嫌なだけで、別に本気で嫌とか言うわけじゃない。お前とするのが嫌とかじゃない…。」
「そ、そうですか…。」
顔を真っ赤にして訴える虎徹に絆され、いつもは強気なバーナビーも照れる。
そして、虎徹が一生懸命に連ねる言い分に耳を傾けた。
「俺はおじさんだし、若いもんみたいに頭が柔軟なわけじゃないし…。
恥ずかしいもんは恥ずかしいから嫌だって言うけど…バ、バニーとするのは嫌じゃない。
それに、も、もう…一人じゃ……いけないし……。」
俯きながら徐々に萎んでいく告白に、バーナビーが激しく動揺する。
「え、それって…。」
「俺は…一人でしても気持ち良くない。お前とじゃないと嫌だ。お前と一緒じゃないと…。」
「虎徹さん・・・。」
「お前の肌の温もりとお前の優しい声が無いと、俺は嫌だ。傍にいてくれないと嫌だ。
バニーが思ってるより…俺はお前無しじゃ駄目なんだ…。」
腕の力を強め、愛しさを込めて抱き締める。
「僕だって同じです。」
「俺の体をこんなにした責任、ちゃんと取れよな…。」
体に回された腕をぎゅっと握り、虎徹さんも応えてくれた。
「だから、自惚れていいし、願いが叶った短冊はもういらない。それでいいよな?」
僕は静かに頷いた。
あれほどの心の内を聞かされて、もう望むものなどない。たった一つを除いては…。
「わかりました。それなら僕、新しい願い事を書きます。」
僕は真っ新な短冊を取った。
そこに記すのは、僕達二人の幸せな未来への願い。
細やかだが、強い強い希望だった。
「はい。『虎徹さんがいつ、どこでも、僕とのセックスに応じてくれますように。』」
聞かれさた方は、もはや開いた口が塞がらなかった。
「それは嫌だ。」
当然ながらあっさりと却下されたが、バーナビーは引き下がらない。
「なんでいつ、どこでもなんだよ…。」
「僕がいないと気持ちよくなれないのに、一緒にいてしたい時にできないなんて辛いじゃないですか!」
「いや、確かにそうだけど…さっきも言った通り、一緒にいるからってどこでもってのは、おじさんには…。」
「僕としたいと思ってくれても場所を気にして我慢させるなんて、そんな悲しいことを恋人にさせられません!
大丈夫です!そんな心配もしなくていいくらい夢中にさせてあげますから!」
「だぁぁぁっ!お前の願いごとって、そういうエロいのしかないのかよっ!
俺とずっと一緒にいられるようにとか、もっとシンプルに考えられないのか!?」
聞く耳も持たず説得してくる恋人に怒鳴りつける。
だが、バーナビーはそれに臆することはなく、虎徹を見つめてにっこりと笑った。
「身も心も僕無しでいられない虎徹さんなら、ずっと一緒にいてくれますよね?」
もう何も言うことはあるまい。虎徹の完敗だった。
「この短冊、絶対叶うように笹の一番上に飾りますよ!」
ソファを離れ、嬉々として短冊を飾るバーナビーの姿を見つめ、虎徹は呟く。
「俺、折角良いこと言ったのに…。」
そして、テーブルに残った短冊を手に取ると、自分の願い事も書き直した。
「何か複雑だ。はぁ……。 」
その後、バーナビーに隠れて飾ろうとしたそれはあっさりと読み上げられてしまった。
『一人でも気持ち良くなれますように。』
中年男子の切実な願いがバーナビーを怒らせたことなど、言うまでもなかった。
Fin.
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白桃花-別館- 兎虎BL同人小説 『自力で願いを叶えるであろう兎さんの初七夕』