白桃花-hakutouka- ウェブカレ日和 (ウェブカレ二次創作)


文章/OG美鈴さん  イラスト/桃っぽい           仮校舎公式イベント(2012年8月)


お盆直前の学校はあまり人がいなくて、いつもとちがう静寂さが好き。 
前期の夏期講習が終わって、お盆明けの後期講習が始まるまでは、 
白薔薇学園の校舎に響くのは、吹奏楽部の楽器の調べや、運動部の声くらい。 

まして、今夜は学園から少し離れた場所を流れる川の河川敷で花火大会がある。 
川沿いの神社も夏祭りで、友達はみんなで待ち合わせて行くと言ってた。 
視界がオレンジ色に染まった夕暮れの、ヒグラシの声が降るこんな時間に、 
制服で学校にいるのは、園芸部の水やり当番の私くらい…… 

「朝夕の水やり、頑張っていますね。偉いですよ」 

よく聞き覚えのある声が耳に届いて、顔を上げた。 
目の前に広がるのは“オーシャンブルー”という名の朝顔のグリーンカーテン。 
振り返ると、そこに、コンビニの袋を提げた男の人が立っていた。 

「…………なんでそんなふざけた格好してるんですか、綾川先生?」 
「おやおや。日本のスーパークールビズですよ、甚平は」 

そう言ってふっと笑う先生の笑顔は確かに爽やかで、 
甚平にサンダル姿ですら、うっかり「かっこいい」と認めてしまいそうになる。 
咄嗟に立ち上がって礼を返し、見とれた自分をごまかした。 

「授業もないですし、雑用だけならTシャツに綿パンよりも楽なのです」 

聞けば、休暇に入る前に国語準備室の掃除をしていけ、と言われたらしい。 
たぶん、先生のことを目の敵にしている風紀の先生だろうな…と思いつつ、 
そのことは指摘しないで黙って聞いていると、先生はなにげなく私に言った。 

「きみは、花火大会には行かないのですか?」 
「……ひとりで見てもつまらないし」 

“みんなと見てもつまらないし” 

その言葉は、ギリギリで飲み込んだ。 

  ◆ 

『朝夕の水やり、頑張っていますね。偉いですよ』 

ミンミンゼミの鳴き声が輪唱のように響いていた去年の夏の朝、 
声に驚いて振り向いた私の頭に、先生は、麦わら帽子をふわっと被せた。 

『紫外線は、美肌の敵ですよ』 

……今振り返ってみると、けっこうふざけていると思うそのセリフに、 
去年の私は、それでも感動してしまったりして、逆光に浮かぶ微笑が眩しかった。 

あれから、一年。 

夏から夏へと巡る季節の中で、私の視線は知らずに先生を追うようになった。 
友達が、先輩や同級生との恋の話を堂々を語っているときも、 
私は、自分の気持ちを言ってはいけないような気がして…… 

最近は、みんなと一緒にいるのも苦しくて。 

夜空に咲く大輪の花火を、好きな人と一緒に見られるのなら、 
私だって新しい浴衣や、小物を選んでみたかった。 
みんなで行くと言っても半分はデートなのに、そんなの寂しくなるだけだもの…… 

だから、園芸部の水やり当番を、わざわざ今日にしてみたの。 
花火にデートなんて夢のまた夢だけど、学園に来れば先生に会えるかもしれない、 
あの、麦わら帽子の夏の日のように── 

「それでしたら」 

一瞬の間に、さまざまなことが走馬灯のように脳裏を巡って黙り込んだ私に、 
先生がいつもと変わらない笑顔でさりげなく言った。 

「もしよろしければ、これから一緒に見ませんか?花火」 


言いながら、コンビニの袋を目の高さまで掲げて、片目をつぶってみせる、 
そんな仕草も、お茶目なのにかっこよくて、胸がきゅんと疼く。 

  ◆ 

「なんだか、かえってすみませんでしたねぇ」 
「実は園芸部員を狙っていたでしょう、先生?」 

一緒に見ませんか──先生の言葉に誘われた先は、屋上だった。 

コンビニの袋に入っていたのはノンアルコールビールと唐揚げその他で、 
立ち寄った国語準備室──とても掃除が終わっているとは思えないけど──で 
私のために備え付けの冷蔵庫からペットボトルの中国茶を出してくれて…… 
申し訳ないので、私は園芸部の菜園からキュウリと枝豆を提供したのだった。 

「ん~。さすがに収穫したては美味しいですねぇ」 

夏期講習もない夏休みの、お盆直前の祭りの日には、夕方には職員室もほぼ無人、 
簡易台所で枝豆をゆで上げて、屋上に着いたときにはもうすっかり日も暮れて。 
高台にある学園の、屋上からの風景は、神社の鎮守の森まで高いビルもなく、 
やがてトン…という音がお腹の底から響き、少し小さな花火が上がり始めた。 

「あ…先生!始まったみたいですよ!」 

トン、トトン…パパパパパッ… 

たくさんの音を響かせて、小さな花火が次々に夜空に咲いては消えていく。 
屋上の床に先生とふたりで座り込んで、他には誰もいない特等席。 
しばらくの間、私も先生も、ただ黙って夏の夜に浮かぶ幻の花に見入った。 

好きな人と一緒に見られるのなら…… 

枝豆をつまむふりをして、ビールを煽る先生の横顔を盗み見る。 
ほんの少し手を伸ばせば、先生の手にも触れられる、そんな距離なのに…… 
思っていたら、先生の手が枝豆に伸びてきて、私の手にトンッと触れた。 

「おっと、失礼しました」 
「あ、いえ」 

少し焦って、でも、一瞬の後には優しい微笑を浮かべる。 
あんなに焦がれた先生の手は、あたたかかったような…サラッとしていたような… 
確かに触れたはずなのに、すぐにわからなくなる、この距離感がほろ苦い。 

「……綺麗ですねぇ」 

遠くの花火を見つめたまま、先生がぽつんと言った。 
その声が、少し切なさを帯びて聞こえるのは、たぶん、私の錯覚。 

  ◆ 

「少し遠いだけで、とってもよく見えるんですね」 
「意外な穴場でしょう?学園関係者もほとんど知らないらしいです」 

最初の花火から30分間、ノンストップで上がり続けて、響いていた音がふつっと切れた。 
遠く花火会場から夏の生暖かい夜風に乗って、歓声と拍手の気配が聞こえてくる。 
これを潮に、先生と私の“特別課外授業”は自然にお開きになった。 

「……先生は、まだ国語準備室の掃除ですか?」 
「ええ。さすがにそれは、頼めませんからね……」 

あの部屋の掃除がはかどらないのは、先生が本を出してはつい読みふけってしまう、 
きっとそんな理由…手伝いたい気もするけど、先生のそんな時間も邪魔したくない。 
ゴミをまとめながら、先生の熱中する姿を想像してたら、くすりと笑ってしまった。 

「おや。何を笑っているのですか?」 
「もし私を見つけなかったら、先生、ひとりぼっちで花火見物してたんだーと思って」 

屋上から階下へ続く階段への扉を開けながら、笑って先生を振り返ると、 
ふいにまた、トトトン…と音がこだまして、 
先生の肩越しに、遠く花火が上がり始めるのが見えた。 



「ひとりだったら、花火など見ませんよ」 
「……え?」 
「あ、こらっ!」 

突然、先生の鋭い声が響いて、薄暗い視界が揺れて足が空を踏んだ。 

階段を踏み外した……!? 

落下感に恐怖が迫って声になりそうな瞬間、何か強烈な力が私を絡め取って、 
気づいたら私は……先生に、抱きすくめられていた。 

  ◆ 

先生の腕の力強さや、その熱や、私を包む香りが体中に刻み込まれる── 

目まぐるしく変わる出来事に翻弄されていつの間にか恐怖は消えて、 
私はただ、遠く響いてくる花火の音を心臓の鼓動のように聞きながら、 
耳元で先生が息を整える気配を、顔を熱くして感じていた。 

……このまま、時が止まってしまえばいいのに……。 

「……ふぅ。まったく、危なっかしい子ですねぇ……」 
「ご…ごめんなさ……」 
「ちゃんと前を見て歩きなさいと、小学校で教わりませんでしたか?」 

くつくつと笑いながら、先生は優しく私を離す。 
一瞬のうちに消えた先生と私の距離──それが再び、冷静に生まれていく。 
体中に刻み込まれた先生の熱も、花火のように消えてしまいそうで怖くて。 
私は、先に歩き出した先生の背中に問いかけてみた。 

「……先生。ひとりだったら、来年も花火は見ない?」 
「“ひとりで見てもつまらない”…でしょう?先生も同じです」 

階段を降りながら振り返り、先生がふわっと笑う。 
その微笑が柔らかくて優しくて、いちばん言いたいセリフは、言えなかった。 

“来年も、花火を一緒に見てもいいですか?” 

階段を降りていく間にも、遠く打ち上げられる花火の音が響いてくる。 
先を行く先生の後ろ姿を見つめながら、私の顔はまだこんなに熱いのに、 
先生が少しも動じていないことが、ちょっぴりくやしい。 

それでも──遠くに上がる花火と、手元の枝豆、トンッと触れた大きな手。 
浴衣は着れなかったけど、今年の夏は、好きな人と一緒に花火を見た── 
その事実に胸の奥が甘く疼いて、それだけで充分だと思い直す。 

幸せと欲ばりの間で、振り子のように気持ちが揺れる。 
いつか、この揺れる気持ちそのままを、素直に伝えられる日が来ればいい。 

「今夜のことは、皆には内緒ですよ?」 

昇降口での別れ際、先生は人さし指を唇に立てて声を落とした。 
もちろん、と言葉を返して、私は先生に背を向けた。 

甚平姿の先生と屋上で枝豆を食べながら花火を見て…なんて、誰にも言えない。 
それは甘くて、ちょっぴり切ない、この夏のふたりだけの秘密の思い出。 
スキップしたくなる帰り道、まだ遠くから、花火の咲く音がこだましていた。 

〈Fin〉


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